「勉強できることの喜び」

北海道在住のSyu.Iさんが、ベトナム旅行の際に
(当時稼動していた)「がんばれベトナム留学生メーリングリスト」に
投稿してくださったものです。

皆さん 御久し振りです。
3週間ほどベトナムのホーチミン、ニャチャン、ハノイ、ハイフォン、サパ、タイグエンに行って来ました。

ハノイでは連絡もしないで教室を訪問し、授業中にも拘わらず参観させて頂きたいへん感謝しております。有り難う御座いました。

その時に5期生の授業の進め方を説明してもらいましたが、日本語検定1級合格(去年は2級合格)を目標に3ヶ月に1回ずつ試験を受け、成績によっては勉強を断念することもあると聞いた時には身の引締まる思いがしました。

授業は日本語の読解を見学させてもらいましたが、生徒の一人がカゼで体調が良くないのにも拘わらず、勉強していたのがとても印象に残りました。
それと帰国した6名の人達は、全員来年の受験(大学、短大合格)に向けて勉強していると聞きましたが、来日出来なかった4名の人達の進路を聞き忘れてしました。各自それぞれの目標に向かって努力をおしまず勉強してほしいと思います。

それと、今回の旅行では色々な人に会いました。
汽車の中で9歳から11年間飲物を売っている女の子、滝を見に行く途中で土産物を売っている13歳の少女、路上で宝くじを売っている親子(父、姉15歳、妹10歳)、母と二人で他家の家事を手伝う17歳(学校には行っていない)の少女など、本当に小さい時から働いているのには考えさせられました。その中の一人に「学校に行かないで家計を助けてる」と聞いた時には、ベトナム経済の厳しさを改めて認識させられました。
今のベトナム社会では、教育を受けるのがどれほど大変な事なのかよく解りました。勉強出来ることの喜びが如何に大きい事なのか、理解出来たような気がします。

顧みて今の日本は、本人が望めば大学まで進学できる現状を当然のごとく受け入れています。その中で、どれだけの人が将来の夢を見ていることでしょう。

                   さわやかな北の大地より   Syu.I

【2000.6】

 「医大生ご来訪

群馬大学医学部医学科に在籍している
トオルさんが学生たちを激励してくださいました。

実は4期生の群馬大生フェンさんに
ベトナム語を習っているのだとか。

大学の授業の様子を話してくださったり、
フェンさんの写真を見せていただきました。

【2000.8.3】

 「うちのコたち」レポート

このレポートは「インドシナメーリングリスト」に2000年9月に
投稿された「ちゃこさん」のレポートです。
ご本人と、インドシナMLの管理人金子@世田谷様に
転載の許可を頂いています。ありがとうございます。
インドシナML http://takeshi2.hp.infoseek.co.jp/ml/
このML内で、管理人(陣内・努くん)がハノイ赴任当時に、
学生たちのことを「うちの子たち」と呼んで発言していたため、
「努さんのうちのたち」レポートとしてちゃこさんが
投稿してくださったものです。

こんばんは、ちゃこです。またしても長いです、ごめんなさい。
先週の月曜日、努さんにお誘いいただいて彼の教室を訪問させていただきました。
努さん、以前からたいへん興味がありましたので、感激でした。どうもありがとうございました。

では報告を。

場所はバックマイ病院にほど近いあたり。セオムで行ったのですが、少々迷ってしまいました。

まずは努さんにコマの間の休憩時間を使って教員室を案内していただきました。他の教員の方も非常にきさくな方達でほっとしました。みなさん自分のお仕事に情熱を持ってあたられている雰囲気が伝わってきて、授業への期待は高まります。

さて、努さんに率いられ、教室にお邪魔しました。後について入室するなり、9名の生徒さん揃って起立、礼儀正しく先生に挨拶です。
私は伺ってはいたものの、その礼儀正しさに少々驚き、緊張。
しかし努さんの第一声「えーと、この方は先生の新しい彼女で…っていうのはウソでー」で場が和み、簡単な自己紹介のあと授業へ。(私のヘタクソなベトナム語のあいさつに、にこやかに反応してもらえてうれしかったです。)

努さんいわく、直前のコマでは生徒さんたちにもっと勉強するようにと戒めたばかりとか。少々の緊張感を保ちつつ、授業は開始されました。

今日は漢字の勉強。2文字熟語を次々と、その漢字の持つ意味から辿って努さんが説明していきます。私は漢字というのは暗記に頼る部分が大きいのかしらと思っていたため、たいへん興味深かったです。
努さんが仰るには、「ただ暗記しただけでは、言葉の意味まで理解できない。記号のように暗記していても文章が読めないし、実際に看護の現場に出たときに指示がこなせないばかりか、試験そのものをパスするのも難しいので徹底的に教える」のだそうです。

合い間合い間に努さんが投げかける質問にも、生徒さんはすばやく反応。このレベルの高さは素晴らしいのでは。
授業内容は看護学校の入学試験を意識して、随所に目標達成への喚起を呼びかけるものでした。

最後助詞の使いかたの解説で、使っていた例文が努さんらしさ全開で、私笑ってしまいましたが、生徒さんいわく「先生はいつもこうです」、とのこと(笑)。実に彼女たちの記憶にくっきりと残ることでしょう(笑)。

授業をひととおり終えたところで、努さんが生徒さんとお話する時間を設けてくださり、生徒さんから質問が。しかし努さんが私のBFがベトナム人であることバラしてしまったため、彼女たちそれに興味津々。その話題ばかりになってしまい私はたじたじです。でもいつか逆に、彼女たちにも日本人のBFができたりする日も来るのかも?先生は心配かしら?“うちのコたち”が。

彼女たちは私と同年代の方と見受けますが、一生懸命目標に向かい努力する姿にたいへん好感が持てました。同時に努さんが“うちのコ”って心から案ずる、かわいがる様子も伝わりましたね。彼女たちにもよろしくお伝えください。がんばってください、と。日本で再会できたりするとステキですね(とかいってその頃私が逆にハノイ暮らしかもしれませんが)。

最後に記念撮影をして授業は終了。
再び教員室を訪れたあと、努さんに誘って頂いて近所のビアホイへ。
(ここのビアホイ、実にイケます!串焼きも美味しかったです。努さんごちそうさまでした^^)

しかしこのときやその数日前にヤギなべごいっしょした際にも努さんがおっしゃってましたが、計画全体の考え方そのものや資金の援助のあり方など、難しい面もまだまだ残るようで、苦労なさっているとのこと。私も立場は全然違いますが、「援助」のあり方ってほんとうに難しいと日頃悩んでいますので、お気持ちが察せられました。

ベトナムの社会って、ほんとうにややこしいです。先日アジア駐在経験の長い方に伺いましたら、「ベトナムは元植民地、社会主義、と世界の悪を集めたようなところだし、植民地根性がぬけるまでにこの先何世代もかかる、発展はとても厳しい」ときっぱりおっしゃっていました。さて、私達にできることは???

ともかく、授業のひたむきさに非常に好感を覚えた反面、また考えさせられる面もあった今回の訪問です。

これから生徒さんたちは受験にめがけてますます大変でしょうが、努さんがんばってくださいね。応援しています。どうもありがとうございました。いつの日か、
また機会がありましたら再び訪ねてみたいです。どうもありがとうございました。

【2000.9】

 「風馬と茜の部屋」より

茨城大学の社会心理学を担当している伊藤哲司先生のホームページ「風馬と茜の部屋」の中で、
日々の生活で感じること・考えることを記録されている「水戸日記」に紹介されたものです。
先生はベトナム、特にハノイを中心にフィールドワークされており
2000年8月と12月にハノイ日本語センターを訪問してくださいました。
3期生のゴーフォンさんが2000年4月に参加した「第1回日越インタースピーチコンテストの
ベトナム語初級部門の優勝者でもあります。(この大会の時からのお付き合いです)
ご本人から転載のご快諾をいただきました。ありがとうございます。

水戸日記 特別編 「2000年夏の旅」 2000.8.31(木)ハノイ より


5期生の大学受験を目指すAクラスの授業に
参加してくださいました

左奥に写っているハノイ外大のフー先生
現在、東京外大におられます

 午後は、日本で看護婦資格を取ることを目指している学生たちが学んでいる専門学校を尋ねました。今回の旅でハノイに来た最初の日に会った陣内さんが、そこで教師を務めています。今回私の調査で通訳を務めてくれた一人であるハノイ外大日本語講師のフーさんが同行してくれました。事務所で他の日本人スタッフの人たちにも挨拶をしたあと、陣内さんに案内されてフーさんも一緒に教室へ行きました。女子学生ばかり9人の前で、フーさんは上手な日本語で自己紹介をし、私は逆にベトナム語で自己紹介をしました。「私はベトナムとベトナム人が大好きです。とくにベトナム人女性が。ベトナム人女性は美しくて可愛らしいですから」と言うと、どっとウケてくれました。どの学生も、まあ何とも純朴な顔をしています。この顔がまた、ベトナム人の魅力のひとつです。
 陣内さんの進める授業を30分ほど見学したのち、私が日本から持ってきた水戸名物の吉原殿中というお菓子を食べてもらい、最後は日本語で挨拶をしました。「私もベトナム語を勉強したので、外国語を勉強するのがとても難しいのはよくわかります。日本語の勉強は大変だと思いますが、一生懸命勉強して、日本へ来てください。日本でぜひまたお会いしましょう。」個人的に話をする余裕はありませんでしたが、私のことも覚えてくれていたらいいなと思います。


水戸日記 特別編 「娘とハノイ二人旅」 2000.12.28(木) より 
 一人で向かったのは、陣内さんが勤めている日本語センター。そこでは、日本で看護婦資格を取ることを目指している若い生徒たちが日本語を主に学んでいます。8月にも訪れたことがあって、今回が2回目でした。授業に参加させてもらうつもりでいたのですが、1月に日本に連れていく生徒の面接試験が長引いているのだそうで、生徒たちの前で少し激励をかねて短く話をさせていただくだけになりました。8月のときに比べたら、ずいぶん日本語の力も伸びているのでしょう。試験に合格すれば、来年4月から日本で看護学校に通うことになるのだそうです。8月に会ったなと思い出せる生徒が何人かいるなか、10数人の生徒たちの前で、「日本に行って落ち着いたら、ぜひ水戸にも遊びに来てください」と日本語で話しました。緊張した面もちの生徒たちでしたが、途中で一言ベトナム語で、「カック・バン・ビエッ・トゥー・チョー・アイン・ニャー(みんな私に手紙を書いてくださいね)」と言うと、小さく揃って笑ってくれました。日本から持ってきた「ポッキー」などのお菓子を、「あとでみんなで食べてください」と言って渡しました。
 言葉の壁を超えて日本で看護婦資格をとるというのは、本当に大したものだと思います。逆にベトナムで、ベトナム語を使って何か資格をと言われても、到底無理だと思ってしまいます。彼女らの頑張りには脱帽です。また日本で再会できる生徒がいるといいなと思います。

翌年(2001年8月)にも、訪問していただきました。6期生の「ハノイの教室訪問記」をご覧ください

教室訪問